■代償

熱い・・・・・・。身体が熱い・・・・・・・・・。
右腕に激痛が走った。
『とけ・・・て・・・・・・る?』 私の右腕が、氷が解けるようにドロリと垂れ落ちた。
そして、今度は右半身に針を刺されるような鋭い痛みが走る。
『あ・・・、痣が!?』
私の身体の左半身にある痣がうねうねと動き、右半身も同じような痣ができてゆく・・・・・・。

私は必死にもがこうとしたが、身体が動かない!!
せめて意識だけは・・・、と思うが、痛みで頭の中がいっぱいだ!!
『やめて・・・、お願い・・・・・・。もうやめて・・・・・・。』 頭がおかしくなるほどの激痛はずっと続いている。
どれぐらい時間がたったのだろう?
痛みで気絶したのか?それとも死んでしまったのか?
やがて痛みはなくなっていた。
目をあけると(あけていたのかもしれないけど)、ぼんやりと女の子の姿が浮かんできた・・・。

あれ・・・、この女の子・・・・・・わたし?
目の前で眠っている両腕がない全身痣だらけの女の子。
この女の子はわたしだ。
私は死んじゃったんだ・・・、そう思っていると、目の前の私(私じゃない私)が、ピクリと動いた。
不安そうに私が目の前の私を見つめると、目の前の私が目を開き、私を見つめた。
どちらの目も血のような赤さに染まっている。
目の前の私は、私に向かって冷たくニコリと笑い、『かわいそうな子・・・。』 と、そう呟いた・・・・・・。

私は目の前の私に問いかけようとしたのだけど、声が出ない。
すると目の前の私は、痣だらけの両足でイモムシのように身体を動かして立ち上がり、
真っ黒な闇の方向に歩き始めた・・・・・・。
私の視界は、歩いていく私に勝手についていく。
どこに行くのだろう?そう思っていると、意識が・・・きえ・・・て・・・。
次に私が目覚めたら、目覚めることがあれば、何が見えるのだろう?
消えた意識の中で、そのことだけをずっと頭に思っていた。
私の中の扉が、勝手に開いていることにも気づかずに・・・・・・。




■訪問

「ドンッ…、ドンドンッ……。」 晩御飯を作っているときに扉を叩く音が鳴った。
こんな夜遅く誰だろう…?庭の門を開けなければ、うちの屋敷の扉を叩くことなどできないのに…。

「……ちょっと見てくるわね、あなたはここで料理の準備をしていて。」
姉さんはそういうと、ぐつぐつと沸かしていた鍋に蓋をして扉へと向かった。

今日、約束されていたお客様も帰られたし、連絡もなしにくる人なんてほとんどいない。
それにこんな森の中に建てられた屋敷だ。
商人や旅人がくるにしても遅すぎる…、そもそも門が閉じているのに敷地まで入れないだろう。

「……あっいけない、野菜を切らなきゃ。」 止めていた手を動かし、私はサラダを作って皿に盛りつける。
香辛料を効かせた風味のあるドレッシングを横に置き、次はパンを焼く準備をする。

木の実を混ぜたパン生地を窯にゆっくりと入れて20分ほど待つ。
焼きあがればふわふわのパンの出来上がりだ。
これを今作っているシチューにひたして食べると、笑顔がこぼれるほどおいしいの。

私はパチパチと燃える木を調整しながら、姉さんが戻ってくるのを待った。



「どなたですか?……うちのお屋敷には門がございますが、どうやって中まで入られました?」
扉越しに尋ねると、か細い女性の声が返ってきた。

「夜分遅くすみません…、門は…あの……、裏から入りました……。」

聞き覚えのある声…、私たち館の人間でしか知らないような裏口を、誰から聞いたかわからないが、
「失礼ですが、お名前をおっしゃっていただけますか?」 扉越しに彼女に尋ねた。

「はい…、あの……、イエナ、と申します……。
 今日はご予約などないのですが、…すみません、助けていただきたくて…、尋ねました……。」

「イエナ…さん……?」 こんな時間に予約もなく彼女がくるなんて初めてのことだが、
助けていただきたい…?何かに追われているのだろうか……!?
私は主人に相談を得ず、鍵を外して扉を開けて彼女を迎え入れる。
「ありがとうございます……。」 そう言って彼女は私にもたれかかってきた。
「すみません…、ちょっとふらついてしまって……。」

「ひっ…!?イエナさん!?その腕どうしたの!!?」 彼女を抱きとめると、
右腕が肩から無くなっていた、それだけではない、右半身も左と同じように痣だらけになってしまっている!!
私はすぐに扉を閉めて鍵をかけ、両腕のない彼女を支えて主人の部屋へと連れて行く……。



「ふぅ…、これだけ揃えると掃除の手間も大変だのぉ…。」
街で購入した女神像たちを磨き、棚の上にそっと戻していく。
1つ買うと増えるぞという友人の話は、本当だと思い知らされるばかりだ。

「しかし、このクオリティ…。」
凛とした顔立ち、滑らかな曲線の胸部、見えそうで見えない下腹部のライン…、
女神様の像なのに、なんともまぁ魅力的に作られている。

「この…このなぁ…、太もものベールの内側の…、く…くいこみ……。」
やましい気持ちなど一切もなく、ただ芸術を学ぶための鑑賞を行っていたその時。

「コンコンッ…!」 いつもより強めのノック音が聞こえ、慌てて像を元に位置に戻す。
ふぅ…食事の準備ができたのであろう、声を返し部屋を出ようとするが、
「ご主人様、あの…、イエナさんがいらっしゃいまして……、その……。」

イエナちゃん!ワシがいつもお世話になっている、エルフ村の特別サービスのお嬢さんだ。
小柄で若いエルフの娘で、緑色のミディアムヘア、
昔の事故のせいで左半身に火傷跡が残っており、左腕も肩から先がないらしい…。

本人は醜い身体を恥じながらも、必死に頑張ってくれる奉仕に、
ワシはいつも極楽へと包まれていってしまうのだ。

……今日は特に予約もしていないが?フローリアの声もどこか切羽詰まったような感じがする。
「ふむ…、まぁ入りなさい。」 声を掛けて扉を開けられると、懐に小柄な子が倒れ込んできた。

「あっ…、イエナさん……!」
受け止めた子は両腕が無く、全身…痣だらけになっているイエナちゃんだった……。




■事件

「姉さんなかなか戻ってこないなぁ…、パンも焼きあがっちゃったよ。」
テーブルに人数分の食事を一通り並べ終える、あとはシチューよそうだけだ。

「まさか変な人でも来たんじゃ…?」 と思っても、
あのしっかりものの姉さんが、不用意に入口の扉を開けるわけない、
私はシチューの火を消してから玄関へと向かうことにした。

「誰もいない……。」 玄関には誰一人としておらず、少し不安になる…。
もしかしたら?と客室へと足を運ばせたがここにもいない……。

「そうだ…、ご主人様のお部屋にいるのかも…?」
そう思い、部屋へと向かおうとしたとき、階段から足音が聞こえてきた。
ご主人様の声と姉の声だ、ホッと気苦労だったことに安心をし、音の鳴る方へと駆け寄った。



「あぁ…アイス、悪いがイエナちゃんの分まで食事を用意してくれないかな?」
ご主人様と目が合うと、イエナさんを両手に抱きかかえながら私に語りかけた。

「かしこまりました、すぐご用意いたします。」 安心した私は台所へと戻って1人前増えた食事の準備をする。
と言っても、いつも少し余分に用意しているので、あとは皿に盛り付けるだけだ。

パパっとテーブルに運ぼうとすると、ご主人様の真横にイエナさんが座らされていた。
しかも今気づいたが、いつもの服と違うとてもかわいい服を着ている。

……なるほど、今夜は二人仲良く楽しむつもりなんだろう、
元気だなぁ…と思いつつ、自分の席に腰掛ける。

「いつもありがとう、じゃあ、いただこうか。」 ご主人様の声と共に食事の挨拶をし、
暖かなスープを口に運ぶ、……おいしい。やはり姉さんの作るシチューは最高だ。

続いてパンを少しちぎって口に運ぶ、こっちもふわふわもちもちで凄くおいしい。
笑顔になりながらモグモグと食べていたら、なんとご主人様…、イエナさんにあーんとシチューを食べさせている…。

本当にもうぞっこんだなぁ…、二人のいちゃいちゃを見せつけられながらの食事も、
まぁ平和なひとときで良いことなんだけど。

そんな楽しい食事は終わり、ご主人様とイエナさんは2階へと上がっていく、
お風呂の準備もすぐしてと言われたので、料理の片づけは姉さんに任してお風呂場へと向かった。















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